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尊敬する人は?と聞かれたら・・・

あけましておめでとうございます。

 今年こそは「所長の部屋」が「開かずの間」にならないよう頑張ります。

 さて、尊敬する人は?と聞かれたら、湯川秀樹や坂本龍馬ではなく、私は迷うことなく、
作詞家の阿久 悠と答えます。
 誰かが言ってました。阿久 悠は歌謡界、特に作詞というジャンルでは手塚治虫のような圧倒的な存在だと。

 昨年は没後10年にあたり、出版物だけでなく、彼の半生を描いたドラマ等も制作されて、
再び注目されるようになりました。

 彼のデビュー作は30歳の時に書いたモップスというグループサウンズの「朝まで待てない」という曲です。
(ボーカルの鈴木ヒロミツは平成19年に亡くなりました。)
それから70歳で亡くなるまで、40年間に書いた曲は5千曲以上、シングル売り上げ枚数6千8百21万枚というから、
驚嘆する以外にありません。

 「北の宿から」も「津軽海峡冬景色」も「ペッパー警部」も「宇宙戦艦ヤマト」も
すべて阿久 悠の作品とは!
 とくに北原ミレイの「ざんげの値打ちもない」という歌は、それまでの歌謡曲の常識を破る
衝撃的な内容でした。

 私は作詞家でも小説家でもありません。市井の人間に過ぎませんが、ジャンルにとらわれない
e0186438_00232912.jpg多くの作品を作らしめた彼の圧倒的な世界観に近づきたいと、ただただ思うだけです。

# by anzen-pro | 2018-01-14 00:25

来年もよろしくお願いします。

いよいよ今年もあと数時間です。

今年は紅白歌合戦を観ようと決め、300通ハガキをだしたけど、
ダメでした。当たってたら、あそこでAKB48を観ていたのに・・・
と思いつつ、横目で松たか子を観てます。

 今年は例年とは違い、12月28日までフル稼働でした。午前は栃木・真岡の
某工場で教育、新幹線で仙台に戻り、午後から地元建設会社での講演とダブルヘッダーで、
やっと1年の仕事を終わりました。

 1年を振り返ると、1月の年始から東京の産廃関係企業の研修があり、その所為か
産廃関係の他のクライアント様の仕事で札幌に何回か行きました。

講演や研修で東京、大阪、名古屋への移動が多かった1年です。特に足場の特別教育は対象者が幅広く
、放送局のカメラマン、日本を代表する大手劇団の照明や美術スタッフの教育も担当しました。

当社は、教育・研修に加えて仙台、東京で10名の指導員が現場に直接赴いて安全指導を行う
珍しい業態の企業です。

来年は戌年、オンリーワンの企業として更に飛躍をめざします。 
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# by anzen-pro | 2017-12-31 22:36

朝ドラ「ひよっこ」がいい!

テレビドラマは殆ど観ることはないが、NHKの朝の「ひよっこ」と日曜の「直虎」だけは別です。

「ひよっこ」の主人公の女性は団塊の世代でしょう。私より5-6歳上の年代。

東京に出稼ぎに行ったまま行方不明となった父親を捜しに、茨城の田舎の高校を出て、東京に
集団就職した彼女と友人、それを取り巻く人達の物語である。

東京オリンピック、ビートルズの来日、GSブームなど、当時の出来事が随所に出てきて
楽しい。

一大人気となった「あまちゃん」やその前の「ちゅらさん」というドラマと、路線的には同じと
いえる。

いよいよ明日から最終週にはいる。ちょっと残念だ。

ドラマに「女子寮」が出てきた。法令上は「事業場附属寄宿舎」といい、
設置届など、各種の規制がある。
「衛生管理者試験」の問題に出てくるので、講習中にこのドラマを
話題にするが、受講者にはどうもピンとこないらしい。
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# by anzen-pro | 2017-09-24 23:19

戦後72年が経過したが・・・・

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昨日は8月15日。72年前の昨日に太平洋戦争は終わった。
昨今の情勢をみていると、朝鮮半島の某国の姿勢は、かの無謀な戦争に突入した当時の日本の姿とだぶってしまう。
到底、勝つ見込みがないとわかっている大国に対して高みに立ったあの発言、かつての我が国の国防婦人会にあたるような団体の女性幹部は、
最後は竹槍でもっても戦い抜くと言っているし。これもまた、かつての日本だ。

この時期のNHKスペシャルでは、米国やロシアに保存された記録を基に、731部隊に協力した多くの医学者の戦争責任、
樺太では終戦後も戦闘が続き多くの民間人が犠牲になったケース(これは知らなかった)、
上層部の体面や情実が先行し、闘わずして多くの兵士が亡くなったインパール作戦等を取り上げていた。
e0186438_22224705.jpgすべてに共通していることは、戦後も誰も責任を取ろうとしなかったことだ。驚くべきことは、それを正当化し、美化していることだ。

戦争からすでに72年も経ったが、いまだなお、あの戦争の総括はされていない。

(黒部川第三発電所は、戦争前夜の日本の電力増強の要請に基づき、建設された。湧き出るのは地下水でなく90度の熱湯、
ダイナマイトは装填されるや地熱で爆発、多くの犠牲者が出た・・・吉村昭著「高熱隧道」)

# by anzen-pro | 2017-08-16 22:34

石原裕次郎没後30年



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生意気を承知で言いますが、この時期は安全大会で連日忙しく、更に足場の法令改正に伴う特別教育の依頼が重なり、泉ピン子や一発屋のスギちゃんよりハードな毎日です。

そんななか、今年は石原裕次郎没後30年ということで、追悼番組が目につきます。この人の兄貴は嫌いですが、裕次郎は好きです。

札幌に行ったついでに,8月に閉館が予定されている、小樽の裕次郎記念館に足を運びました。今から40年も前に、ハワイに別荘を持ち、靴だけで100足以上もあるという、昭和の大スターでした。この人を超えるスターって、今いないでしょ。


あの有名な「黒部の太陽」という映画を作ったとき、当時は、映画会社所属の俳優は他社の映画に出てはならんという悪名高き5社協定というのがあり、彼や三船俊郎はその垣根を越えてこの映画を製作するという革命的な事をやってのけたんです。多くの借金も抱えたようです。


彼は30年前の7月に亡くなった。美空ひばりはその後を追うかのように

その2年後の平成元年6月に亡くなった。奇しくも、二人とも52歳でこの世を去っている。





# by anzen-pro | 2017-06-18 22:15

  

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