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仙台市内の様子ですが(3/28)・・・・

震災から18日です。今朝の余震も大きかった!ガソリンも心もとないので、会社まで歩いてきました。1時間10分のウォーキングです。必要に迫られてのホントのエコです。朝はとてもいい天気でしたが、午後は雲が出てきました。通勤の自転車がここ2,3日多くなりました。
中国みたいです。スーパーは、並ばなくても買えるようにはなりましたが、欲しい物は品切れです。みな欲するものは同じということか・・・
ガソスタは長蛇の列です。全く解消されてないです。いったい何時まで続くんかい。
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都市ガスがぼちぼちと回復してきました。我が家はまだです。水道も市内全域は復旧していません。
市内中心部の小中学校の避難所にも多くの人がいます。自宅やマンションが被害を受けて帰れない方たちです。沿岸部だけではありません。
街の風景は、前とおんなじですが・・・・
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by anzen-pro | 2011-03-28 15:49

震災後に見えてきたものは・・・

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震災から14日が過ぎた。阪神・淡路大震災が点の災害とすれば、今回は面の災害であり、被災の範囲が広範囲であるということだ。そして、都市部と沿岸部の被害の格差があまりにも大きい。通勤途中の周りの景色は以前と全く変わっていない。倒壊したビルや家屋はほとんど無いし、道路が起伏した箇所や、ブロック塀が倒れた家もあるにはあるが、少数である。一方で、当社の社員には家を流された者もいるし、父親が車で流され、文字通り九死に一生を得て助かったという者もいる。親戚縁者十数人がいまだ不明だという知人もいる。

昨日の新聞の伝言板という欄の投稿欄。「県外から乳飲み子を連れて帰省し、地震に遭遇した。子供の粉ミルクをもらうために避難所で並んだら、県外の人はダメといわれた。こんな時でも行政は枠組みにとらわれるのか・・」とあった。地震翌日、食べ物がなくて、我が家の下の階のご夫婦も避難所に並んだ。隣家の足が不自由な人の分も一緒に下さいと担当者にお願いしたら、確認が取れないからダメといわれたらしい。

震災後に寒さが追い打ちをかける。お願いだ、雪だけは降らないでほしい。

by anzen-pro | 2011-03-24 00:56

明治三陸大津波からまだ115年しか経ってなかった・・・

地震で倒れた書棚を整理していたら、吉村 昭の「三陸海岸大津波」という本があった。この本によれば、明治二十九年(1896年)に青森、岩手、宮城を襲った津波は平均して10m~15mの波が押し寄せ、一部ではその高さが50mという記録もある。南閉伊郡釜石町(現釜石市)では5,000名という三陸最大の犠牲者を生み、警察署、郵便局も流失したと書いてある。
今回の津波と似ている。宮城県でも死者3,452名、岩手県では22,565名が亡くなったとある。3.11の地震による津波は、おそらくこの大津波に次ぐものといえるだろう。(一概に比較はできないが・・・)
吉村が当時、現地を取材し聞き取りを行った人に、この明治の大津波の他に、昭和8年の大津波、昭和35年のチリ地震津波、昭和43年十勝沖地震津波等を経験した岩手県田老町の長老がいる。この人の言葉を紹介する。
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「津波は、時世が変わってもなくならない。必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う」
そうあってほしかった。

by anzen-pro | 2011-03-21 23:27

地震から9日が経過した・・・

地震から9日目になります。仙台市内の状況を報告します。中心部は電気、水道とも回復しましたが、水道はまだのところが市内でも多いようです。ガスは見通しがたたず。プロパンガスの家庭以外は風呂、調理ダメです。18日までは多くの会社は開店休業状態。バスは一昨日あたりから70%ぐらいの稼働でしょうか。近郊を結ぶ仙石線、仙山線は全線不通。地下鉄は一部区間運行中。22日からはバスか自転車での通勤となるでしょう。車はガソリン不足で、使えません。灯油も不足です。給油待ちの列は2kmも続き、夜は列に並んでいる車に運転手はいなくて、ロックして帰ってるという有様。津波が襲った仙台市内東部の産業道路は、土ぼこりで前が見えず、紙くずが舞い、両側にはがれきと流された車が何台も。この撤去だけでも大変でしょう。
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写真は七ヶ浜町の汐見台付近です。以前は田んぼがあり、海側には住宅があったところです。今は道路から海岸(菖蒲田浜か?)の松林が見えます。
市内の一部のファミレスや和食レストランが在庫分だけでも・・ということで限定メニューで営業を始めました。仙台市内でも多くの避難所があり、食事もままならない状態だと思います。お米を求めて2,000人も並ぶという事実と、並ぶこともなく、レストランでチキンカツ定職やハンバーグ定食を食べられるという事実。頭がおかしくなりそうです。

by anzen-pro | 2011-03-20 00:56

まさか、自分が被災するとは・・大震災に遭遇して

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地震のあの時、私は山形の会社で講演のため仙台-山形の高速バスの中でした。山形駅に到着という時に、運転手さんが「今大きな地震があったので、一旦停止します。」とアナウンス。その後走り始めたら、信号は全部消えていて、消防車、救急車が走ってる。駅に着いて降りたら、駅構内は真っ暗で、多くの人だかり。しかも余震がある。状況は全くわからず、携帯も繋がらず。近くにいた駅の職員の会話から仙台で大きな地震があったということがやっと判明。会社の社員からのメールで、皆の無事は確認。しかし、講演先の会社とも連絡とれず、交通機関は全部不通。雪は降ってきて、駅の中でも寒くてしようがない。さあどうしようか・・
山形のホテルに一泊しようかとも考えたが、停電が回復する見込みもないのでは・・・。そこで駅近くのニッポンレンタカーに駆け込み、帰着車を2時間待って、やっとのこと車をゲット。3時間かかり、夜の9時過ぎに仙台の自宅に帰りました。私が山形を出たあと、国道は緊急車以外通行禁止となったことをあとで聞き、間一髪だったと思います。その夜は車の中に一泊し、12日になって自宅に戻り、現在まで耐乏生活が続いてます。
電気、水道はやっと通ったものの、ガソリン、灯油も残り少なく、食料もいつまで持つやら・・不安です。ただ、多くの人が寒さに震えて避難所生活を強いられている現状を考えれば、自宅にいられるだけ、ましなほうです。
地震、津波に加えて、今原発の危機が東北を襲っています。超近代社会が自然の脅威にいかに無力なのかを思い知らされています。しかし、人間には智慧がある。必ずやこの事態を乗り越えていけると確信します。
(写真:遠くの煙は製油工場タンク火災の煙)

by anzen-pro | 2011-03-17 12:39

「英国王のスピーチ」という映画

アカデミー賞受賞作「英国王のスピーチ」観てきました。いろんなことがありすぎる今の日本で、癒される映画かも知れません。本筋とはずれるのですが、英国王室というのはとても人間的だなあ・・・という印象。
兄のエドワード8世は好きな女性と結婚するために、王の座を未練もなく捨ててしまうのです。けっこうスキャンダラスな王室なんですね。どこかの国の場合はこうはいかないのでしょうなあ。

第二次大戦への参戦という重大局面で、吃音症を克服した王がラジオを通じて感動的な演説で国民を鼓舞するシーンがありました。ふと頭に浮かんだのが、先日テレビで観たNHKスペシャルです。
70年前、どうみても勝ち目がないとわかっていたのに、なぜ日本は太平洋戦争へと突き進まざるを得なかったのか・・・。
いつの世も国のリーダーの責任は重いのに、今もこのていたらくでは・・・だいじょうぶですか?
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by anzen-pro | 2011-03-11 00:11

  

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