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「原理原則」と「蚊帳の外」

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2、3日前の「河北新報」に作家の高村薫が今の政治状況について書いていた。といっても共同通信社の配信記事だと思うが。加計学園や財務省のセクハラ問題など「原理原則」を忘れた政治家や官僚、そしてそれを許している日本国民の不甲斐なさ、この国は末期症状であると。まさにその通りであると思う。

高村薫は社会派のミステリー作家であると同時に言論人でもある。「マークスの山」という作品で直木賞をとった。だいぶ前に映画化され、その後wowwowでもドラマ化された。どちらも観たのだが、ストーリーを忘れており、最近wowwowで最初に映画化されたものが放映されたので、それを録画しておき、たまたま昨日観た。

最初の新聞の話に戻るが、高村は、公文書の管理についても言及していた。日本は敗戦時に戦争の意志決定に係わる全ての文書を廃棄した。そのため、あの戦争を日本はきちんと総括できていないと。

で、「蚊帳の外」とは?これ北朝鮮とアメリカ、韓国の3国の「蚊帳の外」が、わが国という話である。日本国の官房長官はマスコミが使う「蚊帳の外」という言葉はことのほか嫌いらしいと週刊誌が書いていた。

「記憶はわれわれの選ぶものを見せてくれずに、自分の好きなものを見せてくれる」 モンテーニュ

by anzen-pro | 2018-05-13 20:08

  

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